戻る 第三部 第二編 情勢
概観 全体の構成
【情勢分析】
個人の行動であれ、組織の行動であれ、情勢分析がまず必要である。政治運 動だけに情勢分析が必要なのではない。情勢は全体の力関係と変化の傾向であ る。情勢分析は全体の変化の傾向を現象させる力関係と、その力の盛衰を決定 する要素を分析し、結果を推測することである。
情勢分析は一般に社会関係を対象とする。社会関係は関係要素が大量であり、 それぞれの要素の影響力も一様ではなく、関数として表現したのでは結果の誤 差が予測の有効性を上回ってしまう。社会は条件だけで規定できない人間主体 を要素とした関係である。原因と結果の関係は一元的に決定されず、初期値の 差が小さくても結果がまったく異なる場合もある。部分の一方向への変化は、 部分間の相互作用を経て復元的作用を結果することもある。
【情勢分析の制約】
法則性の見いだせない現実を、主体としての方向性を見いだせるように把握 しようとするのが情勢分析である。複雑な関係の中から、決定的に作用する力 関係を捨象する。決定的な力関係の変化指標を抽象する。
情勢分析の正確性は、精密性ではなく実践的でなくてはならない。分析の正 確性とともに、実践に応じた分析時間内でなくてはならない。分析時間が現実 の過程よりも長くては理論活動としての意味があっても、実践的情勢分析の役 には立たない。情勢分析はリアルタイムでなくてはならない。
理論活動として情勢分析は実践によって確かめられる。理論的に明らかにし た情勢分析に基づく実践結果の検討は、情勢分析そのものの理論的水準を高め る。
【情勢分析の位置づけ】
情勢分析は課題設定、実践、総括の前提として、行動の過程(サイクル)の 第1段階である。
情勢分析は合理的な行動に必要になる。理論研究であれ、ゲームでも、結婚 でも、仕事でも、様々な主体的社会活動で必要である。
注18
全人格的に生きて行くにも、基本的な情勢分析が常に必要である。人類の歴 史の中に今どの様に立っているのか、可能な限り理解し続けなくてはならない。 基本を押えていなくてはならない。生活し、生きていく上でかかわることのす べてに気を配らなくてはならない。
【情勢分析の運用】
情勢分析は理論を基礎にし、データの収集・蓄積・加工とその運用からなる。
理論とデータの運用は、理論から求められる不足しているデータを収集し、 収集したデータによって旧データを更新・訂正し、データ全体から理論を検証 する。検証された理論に基づき課題を設定し、方針を明らかにする。情勢分析 は実践を見通して運用されなくてはならない。無論、不注意による、また願望 による歪みは排除されねばならない。理論が理論自体の発展だけを目的として いないように、集めるだけを目的としたデータが普通役に立たないように、情 勢分析も見通しを持つことが必要である。
【基本的情勢分析】
基本的には国際情勢、国内情勢、地域情勢、職域情勢である。いづれにあっ ても主観的な歪みをただし、全体を見渡すために、階級構成についての分析が 重要である。
また科学研究、技術開発など特殊分野での情勢もある。
【基礎と応用】
情勢分析そのものも理論的活動であるが、情勢分析の前提として対象につい ての理論的把握が必要である。自然科学でも基礎理論と応用理論がある。対象 についての理論と方法についての理論もある。
しかし、情勢分析は現実に対応するためのものであり、基礎理論、方法を学 んでいないからとためらってはならない。結論をだすべき期限があり、期限内 に結論をだすことが情勢分析である。実時間、リアルタイムが情報分析の要件 である。だからこそ事前の系統的学習が必要である。
【情報対立】
情勢分析理論も理論である以上論争の対象である。世界観が同じであっても 理論的な対立はある。
世界観が異なる間での理論闘争は論理的闘いだけでなく、どれだけの支持を 得るかが重要になる。
世論形成に対して発言力のある人々の公的発言は、現実を反映するのではな く支持を集め、支持が集まっておくように操作するためである。当人が意識的 にそのような発言をしているのか、本当に信じているのかは知るすべもない。
世論形成に影響力のある人自体が、その発言の場を言論媒体から提供されて いる。正しいからではない、媒体の所有者に都合良く、支持されるからである。
言論媒体の確保から情報戦の闘いがある。
【基本的情勢】
「日本は自由と民主主義の国である。」「軍事的にソ連の侵攻を阻止するた めに自衛隊が必要である。」たしかにかつてのソ連に比べて日本は自由で民主 主義であった。それはソ連に比較してであって、日本自体がより自由に、より 民主的になって来ているかといえば逆である。安保体制に「ソ連の侵攻を阻止 する」面はあっても、その本旨はアメリカの世界支配を補完し、その下で日本 の海外進出を進めるためであった。ソ連が崩壊した後の動きが証明している。 消費税が引き上げられ、小選挙区制が導入され、自衛隊が海外派兵されている。 アジアに対する戦争責任を一向に認めようとしていない。日本やアメリカの世 界収奪、資源浪費、環境破壊体制を強化拡大している。
それでいて戦略論は軍事バランスに偏重し、「軍事知識、軍事情勢に通じて いないものは世界情勢を語る資格がない」といって独断し、詳細な予算も公開 されないまま査定されていく。中立政策を「理想論」的な観念論として嘲笑し、 中立を困難にしているアメリカの世界支配体制を補完している自らの立場を省 みようとしない。
企業の海外進出、資金の流れは企業秘密として公開されない。企業提携、工 場配置として結果的に明らかになる事はともかく、企業の世界戦略は公表デー タと、経過の通過を追跡するしかない。
現実に依拠し、科学の成果を利用し、そこから自らの立場を定め、情勢を分 析する。既定の自らの立場を正当化するための情勢分析では破綻する。
全体像を描き、個々の問題を継続的にたどるために、世界の情勢について一 定の検討をする。世界情勢の全体的枠組みをつかんでおく。
ソ連の内部事情については事実と反共宣伝がないまぜになり、その崩壊には 立場の違いに関わらず一様に驚かされた。そのようなことのないように、客観 的に地球全体を把握できるよう努力しなくてはならない。
【データの利用】
社会的善悪の評価はともかく、社会的にデータは集積、整理されている。集 積、整理の手段も提供されている。どこにどの様に集積、整理されているか、 利用するにはどうしたら良いか知っておく必要がある。制度的、物理的、手続 的に収集手段を整えておく。
各種図書館、博物館、資料館、調査機関、報道機関。
書籍、雑誌、資料、標本。
行政庁は情報の塊である。税金を使って調査したデータは手軽に利用できる よう公開されなくてはならない。
発表されるデータの時期と項目がわからなければ、継続してデータを追いか けることができない。系統的に蓄積し、それぞれの概念を明確にすることで、 質的変化があった場合に数値データの変化から判読できるようになる。
微妙な変化は自然科学の観察であっても、対象になじむことによって可能に なる。現実の変化は始めから誰にでも区別できるほど明確には現れない。
専門家は特別な能力があることだけで専門家なのではない。対象を継続して 追跡しているから専門家であるのである。
【データの収集】
実験、観測、調査、統計の技法は一般的、基礎的なものから対象の特殊性に 応じたものまである。繰り返し、そして評価することによって収集方法そのも のが発展する。
社会現象のように多面的な事象を対象とする場合、複数の情報源による相互 検証が必要である。一つの事象も人によって見方が違うだけではない。当事者 は向き合うだけで事象に対する位置関係が違う。立場の違い、能力の違い、経 験の違いといった個人的な受けとめ方の違いだけではなく、原理的に複数の人 の受けとめる内容は違う。
【データの整理】
データによって争う場合、より公に認められるデータを手に入れなくてはな らない。でなければ水掛け論になり、発言力の大きい方が勝つことになる。個 々の論争では相手の利用しているデータによって論証できることが最も強力で ある。公認のデータ、相手のデータを利用するには相手のデータ以上に広い範 囲のデータとその構造に通じていなくてはならない。
情報を整理する場合は一覧できる形式、あるいはイメージできる形に整理す る。まとめられる規模でまとめ、詳細は階層構造をとって整理する。説得する には理解しやすい形式を整える。相手が受け入れやすいだけでなく、自分も要 点を明確にすることができる。
注19
脅しや幻惑によって説得するのではなく、科学を基礎に全体から部分を理解 するためにデータは収集・整理されなくてはならない。
【データの運用】
データの収集も大変な努力が必要だが、利用のための運用も大変である。従 来は紙媒体で保存し、複写し、送付することが主要な手段であった。
これからは電子媒体である。媒体に依存せず、媒体変換が可能であること。 検索が容易であること。保存空間が小さくてすむこと。流通が容易であること。 したがって必要なときに、必要なデータを入手することができる。情報ネット ワークの発達を利用しない手はない。
一人で、小集団でデータを収集、蓄積、加工するための運用は非常に困難で ある。それぞれの地位で情報を運用し、互いに交換することで全体を捉えるこ とが可能になる。それぞれに提供するデータの評価は、相互の運用の中で確か められる。
【情報公開要求】
また行政のもつ公開データは公共財産として提供されるよう要求しなくては ならない。
現状では現行法規、各自治体の規程・基準すら公開利用されていない。公開 の努力もされていない。したがって担当者の個人的誤りがあっても、不当処分 を証明することができない。既存の法規出版業界の利権だけでなく、データを 生産、所有する行政担当者の責任が問われていないことが主たる原因である。
行政の情報公開は行政が隠ぺいしている情報を公開させるだけではなく、公 共に関する情報は行政の負担で公開し、利用環境を整備させなくてはならない。 費用負担できる者だけが、公共の情報を利用できる制度であってはならない。
情報公開要求運動も個人情報の保護と、非公開行政の不正追求に関して問題 としているが、新しい社会の基盤整備として情報公開を位置づけるところまで 至っていない。
【情報の発信】
主体的社会運動をする場合、自前の情報手段が不可欠である。既成のマスコ ミに取り上げられることは社会的に大きな影響力をもちうるが、頼ることはで きない。
新聞、雑誌の発行は人的、組織的、資金的、そしてなにより扱う情報の質に 問題がある。
これからは情報通信手段、蓄積手段、検索手段を独自に確立する必要がある。 ネットワークの発達が可能性をもたらしている。
個人間、個人からグループへの通信は電子メールにより場所・時間に関係な く利用可能である。さらに結果の保存、加工、転送が容易である。
不特定多数への情報提供は電子掲示板である。追記と参照ができれば電子会 議として意見交換に利用ができる。個人から不特定多数に対して発言すること ができる。
量的に大きな情報は、適当な場所にファイルとして整理しておくことにより 必要とする者が情報の塊として受け取ることができる。情報だけでなく、情報 活用のためのプログラムも配布可能である。
これらはネットワークの拡張、回線の大容量化、利用手法・利用環境の改善、 それぞれが提供する情報の質の向上によってますます有効になる。マスコミに よる情報支配に対抗できる可能性がある。
ただし、利用の容易化は秘密・プライバシーへの接近の容易化でもある。過 度の依存はネットワーク障害時の被害を拡大する。複写、加工の容易化により 著作権保護が難しくなる。情報技術の発展は、保存データの確実な媒体更新を 必要とする。
【データ評価】
情報提供の媒体としてマスコミの影響力が大きい。マスコミ提供データに対 する評価フィルターを確立する必要がある。
マスコミも企業活動として成り立っており、マスコミどおし競争している。 偽情報が入り込まない保証など無い。逆に不用情報を除去することで、報道さ れない情報を明らかにする必要もある。マスコミがこぞって報道することが物 事のすべてではない。マスコミが持つタブーと逆タブーに注意しなくてはなら ない。
注20
マスコミ媒体の違いによって報道が異なる。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌の 違いだけでなく企業間の違いもある。政治的違いだけでなく、人権に対する姿 勢、教育に対する考え方も記者の違い以上に企業間の違いが現れる。編集者に よって方向づけられ、記者の配置によっても制御される。
【表現構造による主観性】
報道はそれ自体主観的である。
物事の全体を客観的に表現するには解説が必要である。事実と解説との区別 は困難である。平均をとっても、極端をとっても全体を紹介することはできな い。報道内容は統計処理結果か、例示でなくてはならない。全体を紹介するに は処理が必要である。
最頻値を取るか、最極値をとるか表現手法の選択がある。限られた条件で表 現するためには一面的であらざるをえない。数学的にも単純平均、加重平均等 平均の計算方法が複数あるように、統計値は対象を表現するために多くの種類 がある。その選択に主観的評価が優先されることがある。統計のごまかしは政 治ではよく行われている。
個々の報道は個々の具体的対象を選択することで主観的である。報道は対象 を最も良く表現しえると評価する事象を取り上げる。対象、内容を歪曲しない ものでも、特定部分を対象に選択しなくてはならない。災害であれば最も被害 の大きい事例を報道する。個々の事実報道によっては、全体を明らかにするこ とはできない。しかしその結果は全体としての評価になりがちである。
課題の選択、表現対象、表現手法の選択が主観的である。報道は具象的事実 でなくてはならず、特に映像は一般化しにくい。視聴率に支配さるなら、映像 を伴い、刺激的でなくてはならない。
【報道の演出】
報道の結果を先取りして取材が選択される。取材者の主観が介在する。イン タビューの場合に環境、背景、方法、内容によって報道の与える印象を演出す ることができる。善意でも主観性を否定することによって、かえって客観的で なくなる。悪意では影響、反響を大きくするための脚色、演出がおこなわれる。
【力関係】
力関係の基本は主体的力量の評価である。敵、味方、中間層の社会的、物理 的力量を相対的に評価する。構成要素間の関係形式を定義する。
力関係が実際に作用する環境での外部条件も現象に影響する。主要な力関係 だけではなく、全体の要素配置の中に力関係を位置づける。
構成員の数と配置、構成員の対立関係への関わり方、理論水準、資金、組織 力、社会的影響力を項目立てて整理する。
力は変化の方向と量として測られる。変化の量自体の変化が量的に測られる。 力の配置、関係の仕方が確かめられる。
【到達点】
課題を明らかにし、方針を明らかにするには到達点を明らかにし確認する。 到達点を無視して飛躍した課題・目標を描くことは現実的でない。逆にその観 念的課題・目標から現状を悲観するのではない。
獲得してきたものを確認し、活かすことも到達点の評価である。
【課題】
焦点、矛盾の集中点を明らかにし、主体的関わり、手段、方法を明らかにす る。
課題があるからこそ、組織が作られるのであるが、組織が制度化されるほど 課題は不明確になりやすい。情勢を分析し、それぞれの位置を確かめることで 課題を改めて明らかにできる。
課題には運動の目標としての課題と、運動を実現するための課題とがある。
【展望】
感情・意志も運動の重要な要素である。展望が持てることが運動の基礎にな る。課題が明らかで、手段が備わり、意志を確認し合うことによって展望が見 え、感情的に高揚する。
主体の条件を整えることも情勢分析の課題である。
到達点を確認できず、一時的後退によってすべての成果を放棄してしまう清 算主義の誤りに注意しなくてはならない。
困難な状況に対し、到達点の確認、到達点を発展させる現実的な課題を分析 できなくなると運動は困難になる。主観的願望を掲げて現実的運動を放棄し、 過激な運動を提起する左翼日和見主義の傾向か、現実への妥協としての右翼日 和見主義の傾向が生まれる。現実変革は日常的な、具体的な実践である。情勢 分析は日常的、具体的生活に根ざしていなくてはならない。
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