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概観 全体の構成

   目次


第4章 生命の存在

 

第1節 生物の物質構造

 生命存在の物質的基礎から始める。

 

第1項 生物物質

【生物の存在の一般性】
 生物も物質としての存在である。
 生物も物理的物質、化学的物質の存在としては、それ以外の何物をも含まな い。生物であっても元素以外の物理的構成要素をもたない。変化、運動に要す るエネルギーは物理的、化学的エネルギー以外の力となんら関わりをもたない。 物理・化学的運動として、生物は生物でない物質の運動と同じである。物理・ 化学的存在と生物の存在は連続している。物理・化学的運動形態に不連続、飛 躍はない。

 生物の世界での存在は物質の運動として世界と関連し、その他の関連はない。 生物は物理的・化学的物質を基礎とする世界の存在である。
 地球上の生物を構成する物理的物質、元素の種類は海水中での構成割合に相 関している。この構成割合は生物が地上の物質の運動の過程で生まれたことを 示す根拠のひとつである。

【生物の存在の特殊性】
 しかし生物は物理・化学的物質のあり方の特殊な形態である。
 生物は物理的、化学的物質としてだけあるのではない。生物は単にマクロの 物体としてあるのではない。
 生物の物理的存在は特殊な構造を持っている。生物は結晶構造(タバコモザ イクウイルス等)でも存在するが、それだけでは自己増殖できず、生物として 存続できない。生物は物理・化学的運動を自律的に組織化した特殊な物質構造 をもち、その運動と構造を発展させてきている。物理的に存在することが運動 することである以上に、生物としての存在を維持するために独自の運動を実現 している。

【生物の基本的物質】
 生物の主な物質構成要素はアミノ酸のうちの20種類の組合せ構造から成る タンパク質と、脂質と核酸などの有機物である。そのほかに水や無機塩等から なる。
注35   注36   注37   注38

 

第2項 有機物の一般的存在形態

【有機物の一般性】
 宇宙の物質進化の過程で有機物が合成された。有機物は宇宙において一般的 存在である。地球外からやってくる隕石の中にも発見される。
 有機物は炭素を含む化合物であり、化合物としては他の分子と同じであり、 特別ではない。

【有機物の特性】
 炭素原子の原子価は4価で他の原子と結合しうる。炭素原子自体相互に結合 し、鎖状や環状の化合物を作る。また、炭素は地球環境で不可逆的に、決定的 に酸化するほどには不安定でない程度の反応のしやすさをもつ。生物体を維持 しなくなった炭素化合物は、地球環境にあっては次第に酸化され、分解される。
 有機物の特殊性は分子構造の単純なものを構成単位として、より大きな分子 構造を持つことである。そして、より大きな構造が壊れるとき、より基本的分 子構造に還元できることである。分子量によっても階層がある。有機物の構造 的発展、種類の多様化はそれらの相互作用の相対化の過程の中で分子構造の階 層を作る。
 有機物は鎖状の結合をする。有機物は重合、複合をする。これらは一般的な 化合とは異なり、特定の構造を持った化合である。同じ元素の同じ量による化 合物であっても、構造によって異なる性質を示す。

 

第3項 細胞構造

【基礎組織としての細胞】
 生物の物質的構造の基本は細胞組織である。
 細胞は生物の生命活動の基本単位である。細胞ひとつからなる単細胞生物が あり、その個体数、量は地球生物のうちで圧倒的に多い。単細胞生物は生命存 在のひとつの階層をなす。単細胞生物と多細胞生物は生命のあり方を区分する 基本的な2つの階層である。
 細胞は生物個体の単位であり、エネルギー、物質代謝の単位である。細胞構 造を持たない生物=ウイルスは単体では自己増殖できず、細胞構造を持つ生物 に寄生して自己増殖する。細胞生物なくしてウイルスは生物として存在できな い。
 単細胞生物は自己増殖の過程で多様性を増し、環境変化に対して群をなし、 共生過程を組織するものがある。吹き溜まりに落ち葉が集まるのとは異なり、 環境の変化によって受動的に集合するのではなく、環境の変化に対応して単細 胞個体同士が自律的に集合することができる。単細胞生物であるから、環境や 他の個体を認識したりコミュニケーションをする組織、移動のための運動組織 を備えているわけではない。細胞自体の機能として環境と相互作用する能力を もっている。
注39
 単細胞生物は多細胞生物に進化した。多細胞生物は発生の過程で細胞を分化 させて一つの個体をつくる。多細胞生物は細胞を単位として生長する。多細胞 生物は細胞の分化として組織、器官、個体を構成する。細胞分裂による細胞数 の増加として個体は量的に生長する。
 個体が大きくなる以上に、個体の維持、活動に必要なエネルギー量は大きく なる。物質・エネルギー代謝のシステムは進化とともに高度化する。食物連鎖 の階層の積み上がりとして、生活集団内の相互依存としても物質・エネルギー 代謝過程は高度化する。さらに有性生殖は個体の結びつきを必要とする。

【細胞の構造】
 細胞は細胞膜で外の物質的関連と区別され、相互作用は質的に不連続になる。 細胞膜は液体の細胞質を封じ込める。細胞は細胞膜を通して外の物質と関係す る。
 細胞膜はリン脂質の層と多様なタンパク質からなる。タンパク質は酵素とし て機能するもの、イオン交換の通路、物質代謝の担体、内外の電位差を作り出 すポンプ、ホルモンや神経伝達物質と結合し信号を伝える受容体などの機能を になう。
 細胞内には遺伝情報、細胞呼吸、タンパク質合成、不用物質消化・分解をそ れぞれに担う細胞小器官がある。

【細胞の機能】
 細胞の運動は他の物質との相互作用=物質代謝と細胞自体の保存、自生、自 律、再生運動の統一としてある。
 細胞は自己再生の基本単位である。多細胞生物にあっては個々の細胞の寿命 と個体の寿命は一致しない。動物の個々の細胞は常に更新されている。すなわ ち、物質の階層では動物個体は時の経過にしたがってほとんど別物になる。
 生物の存在、運動を実現する生化学反応は細胞内の物質代謝としてある。細 胞内の小器官とそこでの多様な酵素によって生化学反応が制御されている。生 物の生化学反応の中心であるタンパク質を生成するアミノ酸の順序は、細胞内 のDNAからの遺伝情報によって与えられる。細胞は生命の基本である。
 細胞膜は他との空間的境界としてだけあるのではなく、必要な物質を細胞内 に取り込み、不用になった物質を細胞外に排除する機能をもっている。細胞膜 が物理的、化学的に破られると、細胞は生物としての機能ができなくなる。細 胞レベルでの死がある。細胞膜は、外部からの刺激に反応する機能ももってい る。
 細胞相互に免疫系によって相互に区別し、相互作用する。同じ個体であって も、それぞれに細胞レベルで区別し合う。食物として取り入れられたタンパク 質も、アミノ酸までに消化・分解され、独自のタンパク質の型に合成される。

【生体組織】
 質的に分化した細胞は組織を構成する。有性動植物は1個の受精卵が同じ遺 伝子を複製しながら、別々の機能を持った細胞に分化し組織を作る。組織の運 動は細胞の運動であるが、全体としては細胞の階層とは異なる階層の機能を担 う。筋肉の収縮、神経の刺激伝達、心臓の拍動など、個々の細胞の運動には還 元できない全体的に統一された運動が行われる。
 さらに、肝臓、すい臓、脾臓、腎臓等の器官を構成する。その細胞の存在自 体とはまったくかけ離れた機能を担っている。消化器は細胞の物質代謝として の運動だけでなく、個体の消化・吸収を全体の運動として実現している。その 最たるものが脳である。脳細胞は電気刺激や伝達物質として興奮を伝える。興 奮を統合し情報処理機能を実現するのは脳としての器官である。また個々の生 体器官は単独では生存できない。生物個体として統一された存在としてある。
 これらの器官の発展は進化の過程での、個体としての生命過程に統一された 下での分化、発展である。個々の器官が発展し、それによって個体が全体とし て進化したのではない。脳は情報処理機能を担うが対象を、世界を認識し、理 解し、働きかけるのは生物個体全体である。

 

第2節 生物物質の運動形態

 生命活動によって規定される物理過程の問題である。物質的基礎をもつ生命 過程が、逆に物質的運動過程を規定する。

 

第1項 生物化学反応

 有機物も化学変化、化学反応によって有機物間のエネルギー交換、物質交換 を行う。有機物の相対的に自律した運動体の発展として生物が生まれた。
 生物の化学変化は、一般の化学変化よりも複雑に発展した生物的化学変化に なる。例えば酸化は発熱量を極端に抑えたエネルギー変換になる。

【基礎物質の合成】
 有機物の物理的、化学的相互作用は水中で連続している。他の有機物とも相 互作用をしながら、その系の中で独自の自律的な相互作用をする。
 生物にとって特に重要な化学反応は光合成である。生物自らが有機物を合成 し、また地球大気に酸素分子を解放し、大気の組成を大きく変えた。酸素を介 した化学反応は、体内の化学反応をより発展的、効率的運動の階層として作り 出した。
 また、窒素ガスは一部のバクテリアによって、生物に利用可能な形のアンモ ニアに合成される。
 いずれの生化学反応も細胞内でおこなわれる。

【酵素に媒介される化学反応】
 アミノ酸の結合、分離は酵素によって主に制御される。酵素自体がタンパク 質である。酵素によってタンパク質の分解と合成にがおこなわれ、遺伝の発現 に関わる。
 酵素は生化学反応の触媒でもある。
 酵素による反応は高速である。一般の化学反応は温度を高くすることによっ て分子の運動速度を速め、分子同士の衝突回数を増やすことで反応速度を速め る。酵素による反応は反応させるアミノ酸を選択して結びつき、アミノ酸どう しを結合し、あるいは分解する。酵素の反応は生物体内の温度で実現する。
 酵素による反応は多様な酵素ごとに決まっている。白金などの一般的触媒と 異なり、特定の化学反応にだけ作用する選択的な特異性をもつ。反応生成物の 量の制御も酵素によって調整される。
 酵素の反応はいくつかの酵素の一連の反応過程で中間生成物をつくり、数段 階を経て最終生成物をつくる。最終生成物が、初期に作用する酵素の特定部位 に結合することによって反応を抑止する。一連の反応過程全体が最終生成物に よってフィードバックされ制御される。

【神経伝達】
 神経による信号伝達は電気的、化学的伝達の2種類がある。
 神経細胞中の伝達は電気的である。刺激は電気的衝撃となって伝達される。 電気的衝撃は神経繊維細胞膜でナトリウム・イオンを取り込むことによって、 細胞内電位を変化させる、細胞膜の興奮として伝わる。神経細胞の伝達部分の 太さによって、伝達速度は異なる。電気的衝撃は電子の運動速度よりはるかに 遅く、秒速5mから100mである。活性中の神経細胞は常に一定の電気的信号を発 している。
 神経細胞間の信号伝達は化学的である。電気的信号を受け、神経細胞末端か ら伝達物質が放出され、伝達物質と相手の神経細胞・細胞膜表面のタンパク質 受容体が結合・反応して細胞外のイオンを取り入れ電気的信号に変換する。神 経伝達物質は送信側の神経細胞に再び収容される。
 化学的伝達は興奮性と抑制性のものとがあり、神経機能により組み合わさっ ている。
 化学的伝達は電気的伝達に比べ伝達速度は遅いが、刺激量に応じた反応への 変換を行うことができる。

【筋力】
 動物個体の運動は筋力によっておこなわれる。ヒトなどの脊椎動物では骨格 を梃子として空間的運動をおこなう。消化管では異なる収縮をする筋が組み合 わさり、同調して輸送運動をおこなう。
 筋繊維細胞は2種類のタンパク質繊維が組み合わさっており、神経刺激によ りタンパク質繊維が相手のタンパク質繊維の間に滑り込むことによって筋繊維 全体が収縮する。
 この滑り込みのエネルギーはアデノシン三リン酸=ATPからリン酸が分離 することによる化学エネルギーである。ATPは細胞内の糖が分解して作られ、 さらに乳酸になる。ATPが消費され、乳酸が蓄積されると筋肉の収縮はでき なくなる。
注40

【生物による生物環境】
 生命、生物は物理的自然の存在の上に乗って運動しているのではない。生物 は物理的自然、星の環境をも変えてしまう。生物は物理的自然を生物的自然に 発展させる。
 生物を構成する元素を集めただけでは生物にはならない。生物を構成する分 子を集めただけでは生物にはならない。結晶になるウィルスが生物として振る 舞うには生物の環境が必要である。生物の環境は生物によってつくられる。
 生物の環境は生物が進化し、地球環境を変革する過程でつくられた。生物進 化と地球環境の変革は相補的な相互関係である。「鶏が先か、卵が先か」とい う継起的、時間的関係ではない。それぞれの各段階がそれぞれに規定し合い、 全体として非可逆的な方向性を持って変化する過程である。
 生物が一旦発生すると、地球は地質的環境に生物的環境を加えた、より発展 的な地球環境になる。大気中の酸素は生物によって供給された。
 植物は保水し、腐敗して地球上に土壌をつくる。
 この生物的地球環境の成立は以後新たな生命形態の誕生を許さない。一旦発 生し、一般化した地球型生物の運動、環境によって新たな生命発生の排他的環 境となる。有機物はすべて既成の生物環境の連関の中に組み込まれ、異なる生 命形態の発生の条件はなくなる。
 さらに知的生命である人間は、生物的自然をその星だけに留まらず星間にも 拡大する。あるいは生物環境を破壊することができる。

 

第2項 生体物質の運動

 生体物質の運動は時間、空間に対する物理的運動と、物質の構造の変化とエ ネルギーの交換としての化学運動からなる。

【生物物質の位置運動】
 生体物質の物理的運動は、物質の運動を個体全体の運動中に位置づけている。 物理法則を生物の運動の中で方向づけている。液体は重力と温度、濃度、抵抗 によって物理的に運動するが、生物の中ではそれらの要素を方向づけて組み合 わせている。単細胞動物の細胞液も個体の位置運動として方向づけられている。 血液は血管系の中で心臓によって圧力をかけられ、弁によって方向づけられ、 各器官に運ばれて循環する。動脈からしみ出したリンパ液はシンパ管によって 回収され静脈に流れ込み循環する。
 細胞膜も細胞の内外を隔てるだけではなく、内外のイオン濃度差をつくりだ し、選択的に物質の通過を制御している。細胞内の物質移動も単に原形質の流 動によるのではなく、小胞体に取り込まれて各細胞内小器官に運ばれる。
 細胞内の機能分化した各小器官の間のタンパク質運搬から、各組織内の物流、 個体の運動まで物理的位置運動はそれぞれの階層で制御され、方向づけられて いる。
 方向づけは一方向に構造的に向けるだけではなく、一組の一方の機能を停止 させたり、起動させたりして全体の運動方向の切り替えもする。また切り替え 自体を制御して運動の量も制御する。
 人間のつくりだしたシステムは生物の物質代謝システムと比べるべくもない 程度である。生物のシステムのひとつひとつの過程を解析することすら学び始 めた段階である。

【生物の化学運動】
 生物は物質代謝によって存在し、物質代謝によるエネルギー代謝によって運 動する。物質代謝もエネルギー代謝も化学反応を制御して利用している。
 DNAは20種類のアミノ酸の組み合わせ順序を情報として持っているが、そ の他の情報は持っていない。タンパク質の立体構造についての情報はDNAに はない。タンパク質の特徴は立体構造をなし、立体構造の物理的、化学的性質 によって多様な機能を実現している。DNAの情報を転写し、アミノ酸を選別 し、反応させるのはタンパク質酵素である。DNAと酵素タンパク質からなる 細胞で生化学反応が実現する。
 タンパク質は消化器で分解されアミノ酸として細胞に運ばれ、小胞体に包ま れて入り込む。核のDNAから転写されたRANを含む小胞体とリボソームで 固有のタンパク質として合成される。
 小胞体はゴルジ体として、内に合成されたタンパク質を大きな顆粒や油滴な どに濃縮したり分泌顆粒として細胞内に蓄えたり、細胞膜から分泌する。特殊 な酵素を生成した小胞体はリソソームとして細胞内に取り込まれた異物や、老 化や病変で死んだ細胞を分解消化する。
 この間の反応エネルギーはATPとして供給される。ATPは高等動植物の 場合には、やはり細胞内のミトコンドリアに含まれる酵素によってブドウ糖や 脂肪の分解物を二酸化炭素と水に分解することで生成される。

 

第3節 生物の生活過程

 生物の特性、物理、化学的物質のあり方との基本的な違いは4つある。生物 の特性として整理する。
 1.物質・エネルギー代謝

 2.自己複製・保存

 3.個体の運動

 4.個体の制御。
 これらは独立したバラバラな運動ではない。相互に関連し、全体として統一 されている。

 

第1項 物質代謝過程

 生物の第1の特性は、代謝過程としては開いているが、個々の運動過程が閉 じていることである。
 物質の運動過程の階層が、他の物質の運動過程の相互作用から相対的に独立 し、より発展的な階層をなす。
 物質代謝は物の代謝と、エネルギーの代謝である。
 物質代謝は生と死の対立と統一の物質的基礎である。死には2つの形態があ る。個体全体の物質代謝の系の破壊と、物質代謝そのものの停止としての細胞、 組織の部分的死である。

【同化と異化の統一】
 物質代謝は同化と異化の統一である。
 同化は個体以外の物質を個体特有のタンパク質等の構成要素に組変え、自ら の体とし、運動エネルギーとして取り込むことである。
 異化は個体の老化した部分を体外に出し、またエネルギー消費の残りを体外 に排出することである。
 同化と異化は全体として統一され、平衡がとれていなければならない。それ だけでなく、活動の個々の過程でも統一された、一体のものである。全体の統 一が崩れれば組織、構造の再生産が出来なくなり死ぬ。
注41

【基礎代謝】
 生命活動過程では対象を同化するためにもエネルギーを必要とする。同化の ための物質とエネルギーの消費が行われ、エネルギーが取り入れられる。生物 は存在するだけでも、基礎代謝が必要である。

 

第2項 自己複製・自己保存

 生物の第2の特性は自己複製・自己保存である。
 生命の生命たるところ、生命活動が単なる物質の変化・運動と決定的に異な る点は、自己増殖である。
 自己複製・保存の問題でやはり、階層性について明確にしておかねばならな い。
 自己複製・保存とは遺伝子の複製と遺伝子に基づくタンパク質の合成をとお して遺伝形質が発現することである。遺伝子の物理的媒体はDNA、あるいは RNAである。
 DNAの4種類の塩基3つの組合せによって対応するアミノ酸が特定される。 塩基3つの組合せの連なりに対応するアミノ酸の連なりとして、特定のタンパ ク質が合成される。合成されたタンパク質はその種類ごとの機能を発現する。
 遺伝子として保存される情報はタンパク質を構成する特定のアミノ酸の結合 順序である。いつ、どこで、どのタンパク質をどれだけ合成させるかの情報は DNAの情報だけではない。合成されたタンパク質が組織を構成するための情 報もDNAの情報ではない。特定のタンパク質合成の順序は細胞の活動として 酵素によって制御されている。
注42   蛇足40

【代謝過程での複製】
 遺伝は世代交代だけではなく、個体の代謝の基礎である。
 遺伝子は細胞分裂の情報伝達だけの機能ではない。遺伝子は細胞における物 質代謝をも統制する。
 生物の自己複製は基本的には世代交代であるが、より発展した多細胞生物に あっては、個々の組織での細胞の自己複製も特色ある運動過程である。
 個体の自己補修も自己複製能力の部分的現れである。怪我、手術などによっ て組織的欠損が生じた場合、その組織を構成する細胞がその場所につくられる。 欠損した組織、器官を構成する細胞が増殖し、増殖は補修の範囲を超えること なく、組織、器官を再現する。
 生物は構造として自己を保存し複製する。遺伝情報の媒体としてのDNA配 列構造を保存する。組織を再生し組織構造を保存する。器官を再生しその構造 を保存する。個体の物質代謝構造を保存する。種を保存し、同時に進化させる。 生物は種を超えて生命を保存する。
 生物の自己複製・保存は生物体内の機能だけではない。生物体内の物質代謝 の系に影響し、破壊する外部からの作用に対し、様々な対応によって自己保存 をする。生理的には免疫系が重要な役割をしている。

【発生の制御】
 多細胞生物は卵細胞の分裂によって分化し、個体へと生長する。動物の組織 細胞は上皮組織細胞、内皮細胞、結合組織・支持組織細胞、神経組織細胞、血 液細胞、幹細胞に分類されるがそれぞれにさらに、機能を異にする細胞が分類 される。成人の細胞数は十兆個にもなる。この構造は空間的に分割されただけ では作られない。
 卵細胞自体が原始極性を備えている。原始極性は生物の種によりRNAの局 所的遍在、あるいは卵細胞へ細胞質を供給する保育細胞のつながりによって極 性が決まる。さらに精子の進入位置と、これにともなう卵細胞の回転の向きに よって軸性が現れる。
 卵細胞分割の前後、背腹の区別、個体の中心からの遠近の区別、左右の対称 性が空間形式ではなく、物質の配置として決まる。分割された細胞のそれぞれ の位置情報は分割細胞内物質の濃度勾配、隣接細胞との相互作用による誘導と して与えられる。さらに体節ごとに位置情報は相対的に区別され、より詳細に 分化する。
 DNAの形質遺伝は完全ではない。一卵生双生児は授精したDNAは完全に 同一であるが、親には区別し得る特徴を持つようになる。同じ親から生まれた 兄弟は遺伝的にも違いを持つ。DNAの複製機構も完全ではない。保存と変異 の統一された過程である。

【生理活性の制御】
 生理活動の基礎は細胞であり、細胞小器官を増やして細胞質を増やす。増大 した細胞は遺伝子を複製し細胞分裂をして増殖する。細胞の増殖は物質代謝能 力による。細胞分裂によって細胞の物質代謝能力は回復される。物質代謝能力 の衰えた細胞は活動を停止し、破壊され体外へ排出される。個体全体の物質代 謝能力が衰える前に、生殖により遺伝子が交換され、新しい個体が誕生する。
   細胞は代謝の活性を維持するため分裂し続ける。組織を維持するためにはこ の増殖を一定で停止させなくてはならない。組織が損傷した場合は速やかに増 殖して治癒させなくてはならない。

 

第3項 個体の運動

 生命活動の第3の特性のとして個体の運動がある。
 生物はその生命活動を維持するために、先ず環境に適応する。一般に昼と夜 では活動形態が異なる。
 次に、環境を選択する。環境が変化した場合、より適した環境を求めて移動 する。これは個体の移動だけに限らない。種の生活圏の移動も同じ適応である。
 最も発展した運動は環境の変革である。
 これらの運動は生命の基本的活動の階層にとどまらない。
 これら環境との相互作用の過程を自らの内に定型化し、一連の運動を組織化 したものが反射である。熱いもの、冷たいものから逃げる。食物を取り込む。 これらは基本的には反射である。

 

第4項 個体制御系

 運動、反射、自己増殖を、自らの内に統合化する組織として制御系が発展す る。

【免疫系】
 免疫系の基本は自他の区別である。
 免疫の対象は細菌やウイルスさらには移植組織・臓器も対象となる。免疫系 は対象となる抗原と対応する抗体の関係としての液性免疫と、抗体の関与しな い細胞性免疫に区分される。
 抗原となる物は体内に入り込む様々な物質、あるいはその物質によって生じ る変異である。抗原が毒素であれば抗体が結合して無毒化する。ウイルスに感 染すると感染した細胞の膜構造に変化が生じ、その変化した部位を抗原として 作用し細胞を破壊する。ガン細胞も正常細胞から変化したもので免疫系の対象 になる。
 液性免疫では一つひとつの抗原に対応した抗体がリパ組織で作られる。抗体 は先端の結合部位の形状によって抗原に結合する。抗体の結合部位の形状はア ミノ酸の配列によって多様な構造になる。
 免疫反応には特異性と多様性がある。免疫系は抗原を「記憶」し、2度目以 降の進入に対して急速かつ強い反応をする。しかし、免疫機能が自分自身を対 象として働かないように抑止する機能も備えている。

【ホルモン系】
 物質代謝は変化する運動過程である。これに対して生物個体としての統一を 維持するための、自己制御系が形成され発展する。
 ホルモンは特定の器官、特定の細胞の、特定の酵素によって生成されるタン パク質である。ホルモンの生成自体がホルモンと、神経系によって制御されて いる。生成細胞から分泌されたホルモンは、血液によって運ばれる。ホルモン は特定の器官、特定の細胞の特定の酵素の活性に作用する。
 ホルモンは特定の物質代謝を促進、あるいは抑制する化学物質である。個体 間、器官・組織間、細胞間の信号媒体として機能し、様々な物質がある。ホル モンの作用を調整するのは、相反する作用をする異なるホルモン量の平衡によ る。ホルモン量によって個体の物質代謝は調節される。
 ホルモンは個体の成長に応じた物質代謝も誘導する。誕生−成長−生殖は個 体の大きな節目であり、ホルモンが重要な働きをする。
 ホルモンは神経系と相互作用し、体内外の環境の変化に統合的に対応する。 個体間でもホルモン様物質によって情報伝達が行われる。性フェロモンによっ て異性を引きつけたりする。

【神経系】
 動物の行動は筋肉と骨格によって行われるが、その自己制御系としても神経 系が発達した。
 神経系の基本は反射である。神経系の発達は中枢神経系を進化させた。神経 系は反射を制御し、条件反射をする。条件反射をより実践的に制御することに よって、中枢神経系が発達する。
 神経系の機能としての感覚は「感ずること」としてのみではありえない。対 象との相互関係、相互作用の中で主体の対象への働きかけ、実践の指針、制御 の過程の一環としてある。対象との相互作用としての実践なくしては感覚は発 達しない。
 感覚神経系と運動神経系は相互に前提としつつ、結果として統一的な実践に よって進化した。
 実践、反射の種進化の過程を通しての集積が本能を進化させた。
 さらに学習能力をもつより実践的種に進化した。

【神経回路】
 神経細胞による神経回路の機能は電気回路に模すことができる。違いは電気 回路が電子の移動であるのに対し、神経回路はイオンによる電位差の伝達と、 これに呼応する神経細胞間で機能する伝達物質である。
 神経細胞への刺激は、体内外表面のエネルギー変化に反応した受容細胞でナ トリウムイオンの進入による電位差である。
 神経細胞の刺激は筋肉に接続する神経細胞から直接筋肉細胞に伝わり、筋肉 を収縮させる。あるいはホルモンの分泌細胞を刺激し、ホルモンを生産、放出 させる。
 神経回路は神経細胞の接続関係として形成されている。神経細胞の接続は興 奮系の接続と、抑制性の接続の2種類である。神経細胞の接続形態により、刺 激信号の単純な伝達、複数回路への発散伝達、複数回路からの集束伝達、多連 鎖回路による漸加伝達、閉鎖回路による持続の機能を実現している。
 これらの回路形態の組み合わせとして複雑な情報処理が行われており、一方 で感覚自体が組織化され、他方で記憶や推論処理が組織化される。


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