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第二部 第一編 物質
第2章 世界の物理的構造
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第2章 世界の物理的構造
物質の構造を追っても、とりとめがなくなってしまう。世界の有り様を理解するためのの基礎的要点をまとまる。
[0001]
日常経験で対象とする物質は分子である。分子は単独で気体として、まとまりで液体として、互いに結合して固体としてある。日常経験の対象となる物質には、この他に光を含む電磁波と電気がある。
[0002]
分子は複数の原子が結びついて構成されている。原子は原子核と原子核を取り囲む電子によって構成される。原子核はさらに陽子と中性子が結びついている。これら、並びにこれらと相互作用するその他の物質を素粒子と呼ぶ。
[0003]
第1節 素粒子
素粒子は究極の分解できない物質の存在単位とされた原子にさらに内部構造があり、その構成要素である。その素粒子がさらにクオークから構成されている。
[1001]
【高エネルギー領域】
素粒子以下の階層は高エネルギーの領域である。化学エネルギーを超えたエネルギーの運動領域である。
[1002]
今日、物質の基本粒子としての素粒子の区分は階層の区切り方によっていくつかの分け方があるが、それぞれの区分は明確である。素粒子は質量、寿命、スピン、電荷等の量子数よって区別される。これらの量子数は物質の有り様を規定する物理量である。
[1003]
素粒子、クオークにはそれぞれ電荷が反対の反物質がある。電子はマイナスの電荷をもつが、プラスの電荷をもつ陽電子がある。陽子、中性子にも反陽子、反中性子があり、これらによって反原子も構成される。電気的に中性な中性子も、反陽子と相互作用する反中性子があり、また光子も自らを反光子としてある。反物質からなる反宇宙も成り立ちうる。ただこの宇宙では初期に反物質より物質が優位になった。物質と反物質が出会うとすべての質量がエネルギーに転化してしまう。逆に時空間にエネルギーが集中すると粒子と反粒子の対として質量を持った存在に転化する。この対消滅、対発生は時空間のどこでも、いつでも生じている。
[1004]
日常経験からするなら物理学の基準とは違ってしまうが素粒子の種類は第1に原子核を構成する陽子、中性子からなる核子。第2に原子を核子と構成する電子。第3に電子と相互作用する光子=電磁波。第4にこれらの素粒子間の相互作用を媒介し、また多様な相互作用過程に現れる多種類の素粒子がある。このうち核子を含む重粒子、核子と相互作用する中間子はさらにクォークから構成される。
[1005]
【クオークの階層】
クオークは重粒子、中間子の構成要素としてありつつ組合せを変化させる。クオークは粒子束として実験的に観測できるが、単独の粒子としての分離は理論的にも不可能とされる。引き離そうとするなら切れないゴムのように引き離すほど抵抗する力が強くなる。
[1006]
クオークは素粒子の内部で結合しながら他の粒子と相互作用する。陽子、中性子などの重粒子はクオーク3個の組合せで構成される。中間子はクオーク1個と別種の反クオーク1個の2つのクオークの組合せで構成される。
[1007]
クオーク間の相互作用を解析することによって量子力学は相対性理論をも取り込んで発展しようとしている。様々な仮説が登場しているが、いずれも量子を実現する場としての時空間自体の物質性が前提にされている。時空間が四次元ではなく十次元であり、我々が認識できない六次元分は隠れているとする説もある。世界理解の基本的枠組みである時空間の形式であり、物質存在の機構に関わる。明らかになる段階ごとに世界観の基礎部分は構成し直しになる。
[1008]
【素粒子の階層】
素粒子は「粒子」と名付けられてはいても量子である。素粒子は当然に日常経験の対象とは違い、つかむことも、五感で感じることもできない。素粒子は日常経験の対象物質とはまったく異なる相互作用、相互転化を時空間内で繰り広げている。多くの素粒子の寿命は長い物でも十万分の2秒以下であり、次々と転化する。例外的に陽子、中性子、電子、光子、ニュートリノは特別に安定である。中でも陽子と中性子は原子核を構成し、止まることのない相互作用過程としてあるが、原子核自体は他に対して安定した個別としてある。電子も原子核と結びつくことによって一定の空間内で運動する。素粒子としては特異な運動形態である原子の安定性が、われわれ日常経験の物質の恒存性を保証している。陽子、中性子、電子からなる日常経験の対象物質は普遍的な物質の有り様に思えるが、物質世界では特異な存在である。素粒子はこの宇宙で原子よりも普遍的存在形態である。
[1009]
素粒子を直接感じることはできないが、われわれの身体も常に素粒子に貫かれている。手のひらを毎秒何千個ものニュートリノが透過している。宇宙を飛び交う素粒子である宇宙線が大気の原子と衝突し、放射線としてシャワーの様に降り注いでいる。飛行機の乗員は地上に暮らす人より多くの放射線を被曝しているとして、職業病が話題になった。可視光はせいぜい真皮までしか達しないが、波長の短い電磁波であるX線では人体を透視することができる。。電波も人体を透過し、過敏な人には症状が出るのではないかと言われている。
[1010]
第2節 原子
原子は地上の物質を形成しているだけでなく月や、金星、火星、すい星をも形作っていることは惑星探査機によって直接確認されている。太陽も主に水素原子の核融合によって輝いている。我々の関わりうる、観測しうる宇宙の存在はすべて同じ物質から成り立っている。
[2001]
第1項 原子の構造
【原子核の構造】
陽子と中性子は原子核を構成し互いに転化し合う。陽子は崩解して中性子+陽電子+ニュートリノに、中性子は崩解して陽子+電子+反ニュートリノになる。陽子と中性子の転化関係には一方向的な因果関係はない。陽子は単独であるより中性子と結合するするか、陽子同士結合してヘリウム原子核を構成する方が安定である。
[2002]
「安定」とは運動形式が保存されていることであり、運動形式間で転化が可能であればエネルギーのより低い形式が安定である。
[2003]
陽子はプラスの電荷をもち中性子は電気的に中性である。原子核の小さな空間内では電気的斥力よりも強い引力である核力が優位である。電気的に反発するプラス同士の陽子を結合し、電気的に中性な中性子とも結合する核力によって原子核を構成する。陽子間、中性子間、陽子中性子間は強い相互作用を媒介する中間子を互いに交換することで原子核として結合している。
[2004]
陽子1個は水素の原子核である。陽子2個はヘリウムの原子核である。原子核はそれを構成する陽子の数によって他の原子と基本的に区別される。原子の種類は陽子の数によって百余種類である。原子は陽子の数が同じでも中性子数の異なる幾種類かの同位体原子がある。同位体原子は化学的性質は同じであるが安定性に違いがある。核子数60までの原子核内の中性子は陽子とほぼ同数であるが、核子数60以上では陽子より中性子の数が多くて安定する。
[2005]
【原子の構造】
プラスの電荷を担う原子核に対し、マイナスの電荷を担う電子が結びつくことで原子が構成される。原子核はその陽子数と同じ数の電子とが結びつくことで電気的に中性になる。
[2006]
電子は原子核の周囲の電子軌道上で運動する。電子軌道は電子のエネルギーの違いによって殻層をなし、軌道に入れる電子数の制限、同じエネルギーであっても軌道の配位方向の違いによって区別される。電子も量子であり、軌道といっても惑星のように周回はしない。
[2007]
原子の半径は電子軌道の半径であり、10
−10mである。原子核の半径は10
−15〜10
−14mである。
原子にあって電子は原子核の大きさの10
5=10万倍の大きさの空間を運動している。つまり原子核と電子軌道との間の空間は空洞である。
[2008]
電子自体の運動状態(磁気方向、回転)によて電子は互いに区別され、同じ軌道に同じ運動状態の電子は存在できず、軌道毎に占める電子の数は決まる。電子軌道の電子数の制限は他の電子を入り込ませない排他性(パウリの排他律)、物理的力となって現れ、原子の空間的構造を維持する。原子と原子は電子軌道殻によって相互を空間的に区別している。電子の軌道殻をつぶす力は恒星最後の超新星爆発に現れる。普通の星では原子同士が詰まって押されてもつぶれることはないし、剛物の硬さは電子による。
[2009]
第2項 原子の運動
【核融合、核分裂】
原子核の結合は陽子と中性子の数によって異なり、核子数60個程度の鉄が小さな結合力で安定する。核子数60個より小さな原子は結合してより大きな原子になり不用になった結合エネルギーを核融合エネルギーとして放出する。この過程は恒星のエネルギー源である。核融合をエネルギー源として利用する研究が進められているが、まだ実験としても実現していない。
[2010]
核子数60個より大きな原子は恒星最後の超新星爆発の高圧下で作られる。その内不安定な原子核は中性子と放射線、核分裂エネルギーを出してより核子数の少ない原子核に崩壊する。放射線はアルファ線、ベータ線、ガンマ線の3種類ある。アルファ線は陽子2個のヘリウムの原子核である。ベータ線は電子、またはその反粒子である陽電子である。ガンマ線は波長の短い電磁波=光である。ウラン、プルトニウムはその原子核分裂によって放出された中性子が他の原子核に衝突してさらに核分裂を引き起こす。濃縮されていれば核分裂反応は連鎖し、そのまま連鎖が続けば原子爆弾となり、中性子を減速させて制御するなら原子炉として利用できる。ただし、原子炉を運転すれば大量の放射線と、放射線に汚染された核廃棄物の処理が必要になる。
[2011]
【原子間の結合】
原子の電子軌道毎に電子の定数があるが、軌道の定数に満たない電子の配置の原子は電気的に不安定である。互いに電子の過不足を補い合う原子間の相互作用関係が化学反応である。化学反応に関わるのは最外殻の電子である。
[2012]
原子は外殻電子を共有することで電子配置を安定させるが、電子の共有による結合が
共有結合である。2つの水素はそれぞれの電子1個を2個まで入れる電子軌道に共有することで水素分子として安定して存在する。
[2013]
原子は外殻の電子を失えば相対的に陽子の電気量が大きくなり正電荷をもつプラス・イオンになり、逆に電子をとらえれば電子の電気量が大きくなり負電荷をもつマイナス・イオンになる。イオン化した原子がクーロン力で引き合って作る結合が
イオン結合である。プラス・イオンのナトリウムとマイナス・イオンの塩素が結合して塩化ナトリウム=食塩ができる。
[2014]
共有結合はそれぞれの原子から電子を提供するが、同じ原子から供給されて結合するのが
配位結合である。配位結合も共有結合の一種であるが、一方からの電子の提供であり、電子軌道は満たすが、陽子数に対しては不足し分子全体はプラス・イオンになる。
[2015]
【元素:原子の性質】
原子は陽子数に応じた電子の軌道上の配置によって化学的性質が決まる。外殻の電子軌道の電子数によって周期律表に分類される「族」として性質の規則性を現す。陽子数がより少なく、外殻の電子数がより満たされている原子はより非金属性を現す。逆に陽子数が多く、外殻の電子数がより少ない原子は金属性を現す。
[2016]
希ガス、不活性ガスは外殻の電子数が満たされ、化学反応をせず安定した気体である。ヘリウムは安全である上、陽子数が2で軽いため、気球や飛行船に使われる。ネオン、アルゴン、クリプトンなどは電球に封入されている。
[2017]
原子が連なった場合、原子間を異動してしまう電子が電流である。ただし、電流の流れる向きは歴史的に電子の運動方向とは逆に定義されている。導電性、電気抵抗、半導体は原子の種類、原子の組合せによって現れる電子の運動形態として現れる性質である。
[2018]
原子内電子はその運動エネルギーを光として吸収、放射して電子軌道をかえる。移り変わる軌道間によって光のエネルギーは一定であり、元素ごとに異なる
[2019]
第3項 原子の階層
物理学者は量子とマクロ物質の違い、量子力学過程と古典的物理学過程の境界の意義を過小評価している様に思える。すべての物質の基礎は素粒子であり、シュレディンガー波動方程式で宇宙も記述できるとする。観測問題でも対象、観測装置、観測者間の相互関係で対象の運動過程と観測過程との区別を決めかねている。どちらも物理過程であり、自分たちの専門分野外から勝手な解釈を持ち込まれたくないのだろう。
[2020]
「波動方程式で宇宙の量子状態まで記述できる」と言うことは「化学反応式で生物の物質代謝を記述できる」「論理式で思考を記述できる」と言うことと同じである。そこには連続性と共に大きな飛躍、階層の違いがある。それぞれの階層での法則性があり、より基本的階層での運動形態には還元できない、より発展的階層の法則性がある。逆に、日常経験に基づく世界理解、対象理解からは量子を理解することはできないのは、単に理解の問題ではなく、実在の有り様に違いがあるからである。
[2021]
量子から見れば2つのスリットがあるのにどちらか一つしか通過できないという粒子性の制限は理解できないだろう。位置と運動量が決定されてしまうという制限、時空次元が4つしかない制限など理解できないだろう。これら制限を受けることで量子は日常経験対象物質として安定して現れる。
[2022]
単に作用量子をゼロに近似することで古典理論が成り立つだけではない。古典理論の実在記述の確かさは量子的実在を超えることで実現している。
[2023]
量子状態からマクロ物質の境界に原子がある。原子構造の安定性がマクロ物質の確定性を実現する。陽子と中性子は中間子を介して相互転化する量子状態にあるが、原子核として他の原子核と確定的に区別されてある。電子は電子軌道内で量子として運動しているが、互いに確定的に区別できる軌道での運動である。核子間の相互作用、核と電子との相互作用は観測のように1回ごとの事象ではなく、連続する過程としてある。離散的なプランク時間が単位としてあっても、その連続として原子構造を実現する相互作用過程はある。原子の構造は相互作用過程として、確定された量子状態を実現している。原子の大きさは不確定性の基準である作用量子の大きさより遙かに大きい。さらに、原子は他の原子との相互作用で確定的に区別される存在である。原子の構造は不確定性を封じ込めて余りある。今日では電子顕微鏡下で原子一つひとつを操作することができる。これに対して、量子は同じ電子どうし、陽子どうしを個別として区別することができない。
[2024]
しかも、原子には歴史性が現れる。恒星での核融合反応の進行、超新星爆発での重元素の生成。重元素の崩壊過程、これらは歴史的過程である。因果関係が成り立つのは原子の階層からである。素粒子以下の階層にあってもビックバン当初には歴史的過程が想定できるが、その過程は一瞬でしかない。
[2025]
超流動や超伝導は量子効果の現れであっても、階層性を否定するものではない。階層性は次元の区別の様に絶対的な区別ではない。より基本的階層に媒介されてより発展的階層が実現しているのであり、より発展的階層により基本的階層の効果が現れても媒介関係、階層関係を否定するのではない。
[2026]
第3節 分子
原子は互いに結合し分子を作るか、原子あるいは分子が規則的に連続する結合として結晶を構成する。結晶自体が巨大分子である。地球上では一般に原子は分子として存在する。分子も金属結晶も同一の原子の集合からだけなるのではなく、様々な質的に違う原子の組合せで多様な物理的性質を現す。特に、結合の多様性を実現する炭素を含む有機分子は地球生命の基礎になる。
[3001]
地球生命と特定するのは地球外生命の存在が論理的に可能であり、ただ実証的に確認されていないため「地球」と限定する。地球外生命が炭素を基本的結合元素としていないことまでも、意味しない。
[3002]
第1項 分子の構造
【分子の構造と種類】
原子における電子の原子軌道は分子を構成することによって原子をまたがった分子軌道へ変化する。原子軌道は原子それぞれで対称であるが、分子軌道は原子軌道と同じく電子エネルギー・レベルの違う軌道がある。一方は原子軌道よりエネルギーが小さく、一方は大きい。原子双方の電子が小さいエネルギーの軌道に移れば、電子エネルギーの合計は原子であった場合に比して小さくなり、安定する。こうして、原子よりも安定した分子としての存在を構成する。
[3003]
原子の電気的安定性と、電子配置の安定性の矛盾が化学的に結合する分子の安定性を実現する。電子配置に不足する原子は二原子分子として安定して元素としての性質を現す。水素、酸素、窒素などは2つの原子が結合した分子として存在する。2種類以上の元素に属する原子の結合は新たな化学的性質を獲得した化合物となる。
[3004]
【無機物・有機物】
無機物は有機物に比較し単純な構造である。科学史的に古くは有機物は生物によってしかつくられない、生命由来の物質とされてきた。しかし、今日ではあらゆる有機物が無機物と同様に合成され、合成可能である。
[3005]
今日の定義では炭素を含んだ化合物が有機物であり、地球生命の基礎的物質である。生物を構成する有機物は百余の元素の内、炭素、水素、酸素、窒素、硫黄、燐、塩素等のわずかな種類からなる。炭素は共有結合の「手」を4本もっており、その化合物は立体的にも多様な組み合わせが可能である。この炭素と水素の結合の組み合わせによって有機分子構造の骨格が作られる。同じ分子であっても、その立体構造によって異なった化学的性質をもつ有機物が作られる。
[3006]
【高分子化合物】
有機物を構成する原子の数が数十個以下の低分子化合物は骨格としての炭素と水素の結合の仕方に基本的な形がある。この炭素、水素の一部に代わって結合する官能基とよぶ分子が結合する。官能基も構成する元素によって特性を現し、分類される。
[3007]
こうした低分子の有機物がその組成のまま連続して結合し、重合体を作る。基本となる低分子有機物のうち水素と酸素が水として取られて重合反応、ポリ縮合反応する。数百から数十万の原子からなる重合体が高分子化合物である。
[3008]
有機分子であるアミノ酸は地球上だけでなく宇宙に普遍的に存在する。アミノ酸はより大きな分子であるタンパク質を構成する。タンパク質は脂質と共に生物体を構成し、タンパク質自体の相互作用を媒介する酵素としても働く。
[3009]
タンパク質、脂質とは別に、有機塩基、糖、リン酸から構成されるDNA、RNAも長く連なった高分子化合物である。DNA、RNAはアミノ酸の結合順序を情報として保存する遺伝子の媒体であり、さらにそれぞれの遺伝子発現を調整する。
[3010]
第2項 分子の運動
他の原子と結合できる電子軌道の方向の違いが結合構造の方向性を規定する。例えばH
2Oの水分子は酸素原子を水素原子が挟むが、一直線には並ばずへの字型になる。これによって分子全体に電気の空間的偏りが現れる。さらに、水のように異原子間の結合では電子軌道の方向性も軌道間で混成して統合された形になる。このような電子軌道の方向性が分子構造の形を規定する。
[3011]
原子量の大きな金属原子では電子軌道の数も多く、その間に軌道の混成が生じ、特異な相対的に安定した結合構造として、錯体や錯イオンを構成する。この錯形成反応は可逆的な反応であり、生命の代謝過程で重要な役割を担う。例えばヘモグロビンは鉄錯体とタンパク質からなり、酸素の多いところでは酸素と結びつき、二酸化炭素の多いところでは二酸化炭素と結びつき呼吸を担う。
[3012]
水素は他の電子を引っ張る力の強い原子の間で弱い結びつきの
水素結合を形成する。水素結合は氷の結晶の構造を規定する結合形式である。水素と電子を引きつける力の強い原子と水素との結合はその引きつける力によって電子を偏在させ、分極させる。また、DNAの二重らせんは水素結合した有機塩基で構成され、水素結合の弱さと結合のしやすさが2本鎖を開き、また再生することを容易にしている。
[3013]
さらに分子間でのファン・デル・ワールス力は分子の電子とごく接近した原子核との間に働くクーロン力である。分子を構成する電子の運動位置の偏りが他の分子との間で引力、斥力となって現れる。温度が低ければ集まる分子の熱振動とファン・デル・ワールス力との平衡状態として液体や固体となる。
[3014]
【物質の三態】
分子は熱エネルギーの高低とエントロピーの大小によって存在形態を変える。熱エネルギーは分子振動として現れる。温度は物質の状態を表すのであり、物質のない空間の温度は意味をなさない。熱エネルギーが最も小さい状態では分子としての運動をしない。分子振動のない、理想気体での圧力0での温度が論理的に定まる。この極小のエネルギー状態を絶対0度Kの温度とする。摂氏マイナス273.15度Cである。逆に絶対零度から摂氏目盛りで表す温度が絶対温度である。絶対零度は理論的に定義できる客観的な基準であるが、相互連関のうちにあるこの世界では熱量を完全に取り去ることは不可能である。絶対零度に向けて冷却するには電子、さらには原子核のスピンを磁場をかけて一端整列させてエントロピーを小さくし、断熱した状態で消磁することでエントロピーを増加させ、このことで温度を下げる。技術的に絶対零度は無限に低い温度と同じである。
[3015]
低温、高圧環境で分子は全体としても運動しない固体−固相となる。固体は電子を介して原子間、または分子間構造を化学的に固定している。固体分子は互いの位置関係を保存し、他に対して相対的全体として区別され、区別は他に対する運動で一様な並進として現れる。保存される位置関係であっても結合の仕方によって硬性、弾力性、可塑性等の違いが現れる。温度が上がるか圧力が下がる程分子は互いの位置をかえずにより激しく振動する。位置を変えない振動は固体全体の熱エネルギーとして現れる。振動エネルギーが分子間の結合エネルギーより大きくなれば、固体表面から直接分子が気化する昇華もある。
[3016]
温度上昇あるいは圧力の低下により分子は固定された位置での運動から互いに移動する運動へ変化し液体になる。他と区別される物質の有り様としての相を変化させる。固体から液体への融解には物質毎に異なる融解熱を必要とする。温度は供給されるエネルギーに比例して上昇するが、相を変える際に温度は一定のまま内部エネルギーを高める。逆に液体から固体への相転化では凝固熱を排出する。
[3017]
液体状の分子は相互に位置を変えることが可能であるが結びつきはある。液体は分子を構成している電子による電磁気作用によって結びついているが、固体分子間の結合力に比べ桁違いに小さい。液体内での分子移動は周りの分子に引きずられ、流れとして現れる。流れは物質的な外部環境によっても、流れ自体の速度によっても層流、渦流、乱流等の秩序を現す。熱が非平衡な容器内では対流を生じるし、対流域が適当に制限されると相互に六角形の連なった区画を現す。液体から気体への相の変化の場合にも、沸騰が起こり蒸発熱を必要とする。
[3018]
気体での分子は互いに衝突し合い、互いに反発して空間的に広がろうとする。容器内に封じられた気体は容器壁にも衝突し、この分子衝突の全体が圧力として現れる。したがって、温度が上がれば分子の運動量が増し、圧力が高まる。温度が一定でも容器の体積が小さくなれば分子の衝突は激しくなり圧力は高まる。逆に、温度、圧力が分子の運動エネルギーの平均値を表していることになる。温度圧力に対応して空間内の気体分子密度は分子の種類に関わらず一定である。
[3019]
【分子の運動】
単独で運動する分子は空間を移動し、互いに衝突する。液体中で眼に見える大きさの粒子が有れば、液中の分子が方向、速度ともランダムに粒子に衝突し粒子を突き動かす。液体が全体として静止していても、その分子は常に運動している=ブラウン運動を見ることができる。
[3020]
気体分子は常温常圧の環境で数百メートル毎秒の速度で運動するが、互いに衝突し合うことでその移動距離は制限される。それでも臭いの分子は高速で広がる。気体分子の運動エネルギーは全体の平均として圧力を現す。気体分子の相互衝突作用は液体と同じく相対的全体の流れとなって現れる。密度差が大きくなった衝撃波は物理的破壊力さえ現す。
[3021]
液晶は秩序だった分子の並びをなすが、熱や電場に応じて容易に配列具合を変える。電場を変えて分子の並びを制御することで透過する光の量を変えて液晶ディスプレイができる。温度により反射する光の色を変えることを利用して色で表示する温度計ができる。
[3022]
分子の運動では物理的運動より、化学的運動である化学反応が質的に区別される運動である。化学反応は試験管やフラスコの中の反応、あるいは化学式を連想するが、これらは捨象された運動過程である。全体の相互連関での運動過程として化学反応を対象とする時は、環境からの規定を無視することはできない。熱やエントロピーの収支、特に生物では代謝系全体が恒存、平衡を実現していてその部分過程として化学反応は相互連関している。
[3023]
【化学反応の方向】
化学反応過程では反応前の反応物と、反応後の生成物が区別される。この他に反応熱が関係し、さらに反応は秩序の再編としてエントロピーに関わる。化学反応に関わる物質のエントロピーは任意の温度で絶対値が定まっている。25度C、1気圧の標準状態での1モルでの物質ごとの標準エントロピーが定まっていて、反応によるエントロピー変化を計算で求めることができる。
[3024]
反応は系全体のエネルギーの高い状態から低いより安定な状態へ、秩序ある状態から無秩序な状態へエントロピーの増加へ向かう。ただし、方向が唯一で、決定的であるなら自発的に最終状態へ一気に進むが、初期状態と終期状態に差があっても中途によりエネルギーの高い状態、あるいは秩序化された状態を経なくてはならない場合は、その障害を越えるエネルギーなり組織化・構造化がなければ反応は進まない。例えば、標準状態で燃料と酸素が混合しただけではわずかずつの酸化は進むが、燃焼は始まらない。
[3025]
エネルギーとエントロピーがともに関係するならエネルギーによってエントロピーを減らすことも可能であり、エントロピーを増大させることでエネルギーを集中させることもできる。エネルギーとエントロピーとの相互規定関係を組織化し、構造化することで生命は物質代謝を実現している。
[3026]
化学反応の反応物と生成物の関係は相対的であり、一般に可逆的である。可逆的過程にあることで化学平衡が実現する。酸化・還元の場合でも一方の物質に対する酸化は他方の物質にとっては還元である。
[3027]
どの化学反応も孤立した過程ではなく、全体の連関の中にある。それそれの化学反応過程での相対的関係では原因と結果としての秩序を実現している。一つの化学反応過程で平衡が一端実現しても、環境の変化によってその平衡の位置は変化する。また平衡を実現する過程でも、生成物質が反応物質に何らかの作用をする場合、一方的に平衡へ向かわず平衡点を中心に振動することもある。
[3028]
複数の化学反応過程間で規定関係があれば、循環する規定関係も実現する。また、生成物が反応系外に出たり、逆反応の速度が遅い場合に不可逆的な過程に見える。生化学反応では化学反応過程が組織化されて制御される。生物エネルギー代謝の基本をなすATP反応系は循環する化学反応過程である。
[3029]
【反応速度】
化学結合は分子間の衝突によって実現する。したがって、温度、圧力が高い分子の運動量は大きく衝突の機会が増える。化学反応でのエネルギーの増減は内部エネルギーによって定量的に決まっている。したがって、反応物の構造、温度、濃度が一定の場合、その化学反応の過程の速度は一定である。反応速度を変化させるには環境を変化させる。
[3030]
直接的な化学反応の過程とは別に、触媒が作用する間接的化学反応によって反応速度が変わる。触媒は反応過程に作用するが生成物には影響を与えない。主たる反応物と反応したりして、主たる反応過程での反応部位での接触をしやすくするなどして反応を速める。
[3031]
酵素は生物体内で触媒として生理化学反応過程を媒介する。酵素なくして生物の生理活動は維持されない。生物の生化学反応を制御する酵素は化学変化だけではなく、立体構造としても対象と関係し、特定の反応を制御する。生物では物質の合成・分解、輸送、排出、解毒、エネルギーの供給など化学的過程のすべてが酵素によって制御されている。
[3032]
第3項 分子の階層性
原子の階層で現れた非可逆性、因果関係は分子の階層では決定的になる。化学平衡は部分的には実現しても、化学反応の全体はエントロピーの増大化によって決定的に方向づけられている。
[3033]
エネルギーとエントロピーの現象形態は分子の階層で多様化する。微視的世界、量子の世界では質量とエネルギーが相互に転化するが、巨視的世界では質量が保存されエネルギーはその形を転化する。運動エネルギー、位置エネルギー、電気エネルギー、化学エネルギー、熱エネルギーは相互に転化し全体のエネルギー量は変化しない。
[3034]
原子は化学変化では原子としての性質を失うことはない。原子間の相互作用として化学変化は実現する。化学変化は原子の組合せを変えると共に、エネルギー変換の場である。電子の運動として分子レベルでのエネルギー形態は相互に変換可能である。エネルギー変換の媒体として分子がある。質量の担体として保存される秩序があり、質量の担体である原子や電子間の相互関係秩序が変化する。。エントロピーの増大化は一様には進まなくなり、部分系での減少が実現する。逆にエントロピーの減少する系が個別として他から区別される。
[3035]
分子の構造秩序の多様性と、エネルギー変換の多様性があり、この多様性を組織することで生物が実現する。生物の基本単位である細胞は物質として多様な分子からなる構造体である。細胞でのエネルギー代謝、物質代謝は分子の運動、分子の化学反応として実現している。その化学反応は酵素によって制御される生化学反応としてある。
[3036]
【生体分子】
生物の体は水、タンパク質、脂質、無機質からなり、運動エネルギーとして炭水化物を必要とし、運動の調整のためにビタミンを必要としている。タンパク質はアミノ酸が鎖状に長く結合した高分子化合物であり、生物では特定の立体構造をとる。脂質は脂肪酸とグリセリンの化合物である油脂である。無機質はミネラルとして取り込まれた無機物質から骨格等としてある。
[3037]
植物は二酸化炭素と水を太陽光のエネルギーを利用してデンプンを合成する。でんぷんはグルコース(ブドウ糖)やグリコーゲンに分解されこれが酸化される過程でアデノシン三リン酸が合成される。動物の活動エネルギーはアデノシン三リン酸として保存、供給され、分解することによってエネルギーを取り出す。一般的な地球生物が代謝を実現し、活動するためのエネルギーはすべて植物によって合成されるでんぷん由来である。一部の特殊な生物は硫化物から活動エネルギーを得ている。
[3038]
第4節 物性と状態
ここでの対象は日常経験の物質の有り様である。分子の階層における個別の分子レベルを超えた階層である。個々の分子ではなく、分子の集まり全体として、個別の物としての運動階層である。個別規定としては物理的であるよりも、偶然の相互作用の歴史的過程で他と区別されるようになった物としてある。例えば石ころも鉱物の結晶としてではなく、浸食され、転がって形作られたそれぞれの歴史的過程で個別性を獲得してきている。
[4001]
非日常的な量子の存在を理解することはなかなか難しいが、量子や分子の個別性を想像することはたやすい。逆に日常経験物質の理解はたやすいが、その個別性を明らかにすることは難しい。日常的対象は物理的、化学的過程にあり、さらに生物としての有り様、社会的存在としての有り様で、区別がそれぞれの階層で錯綜している。
[4002]
第1項 物質の状態
宇宙の物質、エネルギーは一様な高い秩序状態から始まり膨張した。エネルギーは膨張し、拡散することで全体量は保存されても部分では減少する。膨張の過程で秩序が崩れ、ゆらぎが生じ、ゆらぎとして相互作用が現れる。相互作用は互いを区別して個別性を規定する。相互作用の形式が個別としての部分の秩序である。物質の状態はエントロピー増大化過程でエネルギーのとる形式として表れる。
[4003]
【エントロピー】
状態は秩序の有り様である。昔から多くの賢人が秩序を説明しているが、一致した見解があるわけではない。秩序理解の対立は「社会秩序」がその最たるものである。物理秩序、生命秩序、社会秩序、文化秩序、それぞれで秩序はあるし、エントロピーの法則などは秩序が崩壊する秩序としてある。エントロピーを最初に定義した熱力学にあってもその法則の定義は多様に表現される。
[4004]
熱力学の第零法則は物体AとB、BとCがそれぞれ熱平衡ならば、AとCも熱平衡にあるという推移律である。
[4005]
熱力学の第一法則は「宇宙のエネルギー量は一定である」というエネルギー保存則であるが、「第一種永久機関は存在しない」、「系の内部エネルギーの変化は環境からの熱量と仕事量の和に等しい」とも表現される。
[4006]
熱力学の第二法則は「宇宙のエントロピーは極大に向かう」というエントロピー増大則であるが、元々は「熱が低温の物体から高温の物体へ自然に移動することはない」であり、「温度の一様なひとつの物体からとった熱を全て仕事に変換し、それ以外に何の変化も残さないことは不可能である」、「第二種永久機関は存在しない」、「閉じた系で状態変化が起こるとき、エントロピーは必ず増加する。可逆的な変化ではエントロピーの増加は零となる」「全体として、無秩序さは常に増大する」とも言い表される。
[4007]
熱力学の第三法則は「絶対零度でエントロピーはゼロになる」である。
[4008]
この熱力学の基本法則は経験則であって、破れている可能性がないわけではない。特に第二法則は確率として普遍性が表れるのであって、部分的にエントロピーが減少することを否定していない。それぞれの法則の多様な表現は多様な現象に普遍的に現れる秩序であるからで、同じことを表現している。経験則であっても、自然、物質の根底的有り様、秩序を表しており、もし、いずれかが破れているとすれば自然科学のほとんどすべての法則が修正されなくてはならない。
[4009]
エネルギーである熱量を温度に比し、温度で割ったものがエントロピーである。元々熱力学の概念であったエントロピーは、可能な有り様に対する現象の比として、乱雑さを表す。乱雑さを逆に表現すれば秩序である。エントロピーによって秩序を数量として表現することができる。質的定義の困難な秩序を量的に表現する尺度がエントロピーである。
[4010]
尺度の相対性としてエントロピーには無秩序さを表す正のエントロピーと秩序を表す負のエントロピー=ネゲントロピーがある。ただし、エントロピーの負はゼロより小さいのではなく対象の状態を基準として、より秩序だった状態との差を表現する。物理的に最低限のエントロピーである絶対零度より低い温度は有り様がないのだから。負のエントロピーは正のエントロピーが増大化する過程で作り出すことが可能な相対的量である。そして「創造」とは秩序を作り出すことであり、負のエントロピーを作ることである。決してエネルギーを作り出すことはできない。
[4011]
【温度、熱、圧力】
一定圧力の下、零度C付近で気体の体積は1度C上昇するごとに273分の1増え、1度C下降するごとに273分の1減る。一定の体積では温度1度Cに対応して圧力が273分の1ずつ増減する。したがって、零下273度Cでは体積、圧力はゼロになる。一定とした前提条件が条件でなくなる絶対温度の下限が求められる。
[4012]
絶対零度は数学的に求められるだけでなく、分子を圧縮して運動を押さえ込み勝手な振動を許さない秩序ある状態を作り出すことで、さらに分子、原子の回転をも止めることで近づけることができる状態である。絶対零度ではすべての運動が停止するが、運動を停止させるためには働きかけが必要であり、反作用が生じるため極限には近づくことはできるが実現はできない。
[4013]
エントロピーは絶対温度に対する変化する熱量であるから、エントロピーの大小は温度だけでは決まらない。エントロピーの低い状態は高温でもある。ビックバンの当初がこの宇宙で最もエントロピーの低い状態であった。ビックバンの高温、高圧の状態からエントロピーは増大し続けてきている。太陽も5,800度Kの表面温度、輻射を放っているがその低エントロピーを受けて地球生命は維持され、進化してきている。太陽より低温の恒星が近くにあっても単位面積当たりの同じ熱量を受けることはできるが、その低エントロピーでは地球生命を維持することは困難である。輻射強度は温度の4乗に比例し、温度が2倍になれば輻射密度は2×2×2=16倍になる。また、エネルギー量は距離の2乗に反比例する。エネルギー密度の大きさが低エントロピーであり、高い秩序である。太陽光のエントロピーの低さ、エネルギー秩序の高さは可視光線の周波数範囲で最も高い。
[4014]
【状態の法則性】
日常経験の対象となる物質は量子としての性質は現さない。また、原子、分子としての性質も直接には現さない。日常経験の世界では原子、分子の集まった物体か、拡散した気体として対象になり、対象となる原子、分子の個数は厖大になる。原子を6×10
23個まとめ、これに核子数をかけることでそれぞれのグラム数を求めることができ、ようやく個別として対象化できる。この1モルの分量を表すアボガドロ数の大きさが、日常的対象の個別性を対象にする難しさを象徴している。しかし、この巨大な数の要素からなるその相互関係のさらなる巨大数が、物理的個別存在の確率法則を日常経験物質の必然的法則として保証している。
[4015]
個々の原子、分子の偶然性が、対象の必然性となって現れる。一つひとつの相互作用、素過程は不確定で、偶然であっても、偶然であれば多数の要素は平均化されて対象となる。一定の空間内を仮想的に左右に分け、気体分子1個がどちらに位置するかは偶然であるが、どちらかには絶対にある。数個の気体分子でもすべてが一方に集まることはありえる。千個にもなれば始めすべて一方にあっても、たちまちのうちにほぼ左右均等の個数になる。千個もの気体分子が片方に集まる可能性はなくはないが非常に小さな確率である。アボガドロ数の分子でのその確率ほとんどゼロであり、均等に散乱することはほとんど絶対的である。日常経験の対象となる大きさの時空間では、他から作用を受けない気体分子は一様に広がる法則性があり、この法則性は必然的である。量子の不確定性とは別の、逆の確率法則の必然性がある。
[4016]
結果が標準分布をとるのは一つの原因から結果が分散する場合である。どの要素が中央値からどれほど分散するかは偶然であっても、多数の要素なら標準分布になることは必然である。分散結果が標準分布になることで、他の影響がないことがわかる。
[4017]
存在確率に差があれば、確率の高い方へ状態は変化する。統計として確率が計算されるのではなく、運動の結果が確率を実現する。観測者にとっては確率論での「組合せの数」の数え方、したがって対象の変化可能性の知識が基礎になる。環境に対してはエントロピーの増大方向が指針になるが、実践では秩序を作り出すことが指針となる。
[4018]
【全体の運動方向】
運動を実現するのはエネルギーであり、エネルギーは運動の内容である。運動の形式は秩序を現す。内容を形式に入れ込むこととして秩序が実現する。エネルギーは運動状態、存在状態を温度として表すことができる。保存される普遍的エネルギーを部分に区別することで秩序が現れる。エネルギーだけであるなら一定方向の運動が進むだけである。全体の秩序の破れ、エネルギーが区別される運動を実現する。エネルギーとエントロピーは運動の普遍性を表す。
[4019]
まず、一様な並進運動をする物として物理的個別は他と区別される。一様な並進運動は秩序の維持であり、他の相対的に乱雑な有り様に対して個別性を現す。エントロピーによって対象を他と区別することができる。エネルギーは内部エネルギーとしてやはり他と区別され、他との相互作用ではその形態を変換する。一様な並進運動では他に対する相対的運動として運動エネルギーを表し、同時に位置エネルギーを変化させる。
[4020]
物質は多様であるが単独では存在しない。相互に作用し合い、相互に転化する。エネルギーは均一化の方向性をもち、秩序は無秩序への方向性をもつ。物質間の規則性を保つエネルギーは乱雑化し、エントロピーを増大させる。
[4021]
宇宙は膨張することで部分的にエントロピーを減らす。減らされたエントロピーは部分に構造を現す。部分から系全体へ熱を排出して系の全体のエントロピーが増大しても、部分のエントロピーは減少する。全体が膨張を続ける限り部分のエントロピーは減少可能である。宇宙全体が膨張する限り宇宙全体の平衡状態に至る時期は先送りされる。
[4022]
【個々の運動方向】
物理的個別の運動方向に法則性はない。物理的個別の運動方向は偶然であり、可逆的である。逆に絶対座標を物理的個別の運動方向からも決めることはできない。物理的個別の運動は完全弾性体粒子として計算できるが、どの方向へ向かうかは偶然であり、しかも偶然に決まった方向を逆に変えてもそれまでの同じ軌道上を逆に運動し続ける。
[4023]
全体の運動方向にそいながら、個々の運動は方向づけられる。
[4024]
地球環境での物質循環は、太陽エネルギーと地球の内部エネルギーを源としている。そして夜間部分から宇宙空間に放出して、地球環境の平衡を保っている。地球は太陽のエネルギー放射の中間で安定した環境を実現している。
[4025]
太陽熱によって地表の温度は変化し、大気を動かし、水の大気循環、海流の運動エネルギーを供給する。地球の内部エネルギーはマントル対流を起こす。地球の自転は大気、海流に方向性を与える。
[4026]
生物は無機物から有機物を太陽エネルギーによって合成し、生体を構成する。太陽エネルギーは糖と油脂として、生物エネルギーとして生体系に取り込まれ、食物連鎖を通して循環する。人は自然の物質循環を変更し、循環過程そのものまでも破壊しかねない。
[4027]
第2項 物の多様性
分子は構造をつくることで物質としての性質を現す。分子は化合することによって、あるいは分離することによって構造を作る。分子は構造を変化させて運動する。金属分子は互いに結合して結晶を作る。タンパク質の構造は複雑な構造と、個体としての独自の運動を実現する。日常経験で手にすることのできる対象でも、条件によっては超自然的な現象もある。
[4028]
原子、あるいは分子は規則的に並んで化学結合することで結合エネルギーを小さくする。並びの規則性が結晶構造をつくりだす。エネルギーの大きい温度の高い状態から低い状態へ移行する過程で結晶は成長する。結晶構造はその格子関係をずらすことによって全体を変形させる。結晶構造内に少数の他種の分子を組み込んだり、置き換えることによって硬さ、粘り、電気的性質を変える。
[4029]
結晶構造の違いによって同じ分子構成であっても物質としての性質が異なる。炭素はダイヤモンド、黒鉛、フラーレンといった結晶をつくる。ウィルスにも結晶するものがある(タバコモザイク・ウィルス)。
[4030]
金属等の原子の集合体では外殻の電子が特定の原子核とは結びつかず、集合体中の原子核を取り巻く。この電子の移動のしやすさには違いがある。巨視的世界での電子の流れは電流として現れる。外側の電子配置が共有結合した構造では、外側の電子は両原子にまたがる軌道に局在し、移動することができない。電流を通さない絶縁体である。
[4031]
絶対零度付近では絶縁体であっても常温ではいくらか伝導性を示すのが半導体である。これに不純物として混ぜた結晶は不純物の電子と基質の電子とが可変な相互作用をする。電場がかけられると不純物の電子は移動できるようになる。これがトランジスタに利用され、電場を制御することで電流を制御できる。リレー・スイッチ、真空管も電流によって電流を再帰的に制御できるが、トランジスタは回路を含めた集積回路としての製作手法が画期的であった。
[4032]
極低温ではヘリウムは運動抵抗がなくなり、超流動として容器壁を超えたり分子間の隙間をすり抜ける。極低温では電気抵抗もなくなり、電流は無限に流れ続ける超伝導状態になる。これらは量子力学的効果の巨視的世界での現れである。
[4033]
第3項 信号・情報
【情報の物性】
量だけを捨象したエントロピーは閉じた系で増大化するが、区別される質があれば単純にエントロピーは増大化しない場合もある。閉じた空間を区切り、質的区別のない気体を仕切ったときと仕切を取り除いたときのエントロピーに差はない。ところが温度、圧力が同じで質的に区別されるガスを別々に仕切ったときと、仕切を取り除いたときではエントロピーは増大する。過程は同じであり、結果も同じであるがエントロピーは増大する。このことは初期状態での気体の質の違いが負のエントロピーであったことを表す。質の違いという区別、秩序、情報が負のエントロピー=ネゲントロピーを持っている。正の整数が負数まで拡張されたように、エントロピーも情報によってネゲントロピーにまで拡張される。
[4034]
熱力学が明らかにした秩序の普遍性が、秩序の形式を対象とする情報学に拡張された。情報は「意識」あるものによる対象の反映として主観的に存在するのではなく、客観的関係の秩序として存在する。
[4035]
情報での狭義のエントロピー増大は信号に対する雑音の増大として表される。情報媒体は環境との相互作用過程で秩序が乱れる。情報が保存され、伝達される過程で雑音が生じる。
[4036]
情報自体の表す形式秩序、狭義のエントロピーとは別に、物質の運動秩序である内容秩序のエントロピーがある。運動を方向づける秩序は法則として情報化され、保存され、伝達される。実際に運動を制御する際、情報にしたがって運動を方向づけるならば、対象のエントロピーを減少させることができる。情報である知識、技術としての負のエントロピーが、対象のエントロピーを減少させる。主体と環境のエントロピーは増大しても、方向づけられた運動秩序を実現することができる。負のエントロピー、ネゲントロピーは知識、情報として保存、伝達可能である。
[4037]
物質の運動が秩序の変換としてエントロピー増大過程であるのだから、その形式秩序もエントロピー増大過程を反映する。ただし、形式秩序のエントロピーは情報であり、秩序の保存、秩序の生成に意味がある。
[4038]
【信号の物性】
信号は情報の物質的基礎である。情報として機能する物質過程が信号であるが、同じ物質過程であっても、情報機能が実現されない過程は信号ではない。
[4039]
作用は相互関係であり、しかも相互関係は多様に連関し合っている。媒介された関係では、一つの個別からの作用も複数の関係で他と相互作用し合っている。複数の作用過程間では作用の媒介条件によって作用の到達速度も、保存性も異なる。作用の受け手に再帰構造があり受けた作用を制御する場合、一方の経路からの作用を他方の経路からの作用を表象する信号として意味づけることが可能である。
[4040]
複数の相互作用連関経路それぞれが互いの有り様と併存している。一方は他方の有り様をあらわす。EPRの思考実験での相反する方へ飛んでいく2つの粒子のように。一方の有り様は他方の有り様、秩序を情報としてもつ。
[4041]
複数の相互作用連関経路の全体が実現するかしないかで1つの信号が伝わる。相互作用関係が区別される状態の組合せとしてあるなら、その信号の情報量が増える。ただし、信号を伝える相互作用過程によって信号を受ける系の運動が選択されることがなければ、単なる相互作用連関過程であるに過ぎない。
[4042]
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