以下、提示文を哲学的整合性・概念の明確さ・科学認識論との関係という観点から論評します。全体として、経験論・現象学・身体論・科学的実在論を統合しようとする意欲的な「世界理解の枠組み」であり、思考の筋は一貫しています。その上で、強度と弱点の双方を明確にします。
1. 全体評価（要旨）
本稿は、
・ 感覚＝世界そのものではなく、身体が環境に適応するための表現
・ 主観世界（環世界）から出発しつつ、身体を媒介に客観世界を構成する
・ 区別と関係を、感覚・身体・論理・秩序に一貫して貫く原理として措定する
・ 科学的知見を、普遍的世界秩序の表現として位置づける
という点で、
素朴実在論を退けつつ、相対主義に落ちない構造的実在論に近い立場を明確に打ち出しています。
思想的系譜としては、
・ ユクスキュルの環世界
・ メルロ＝ポンティの身体性
・ 現象学的経験論
・ 構成的実在論・構造実在論
が自然に重なります。
2. 優れている点
(1) 「感覚＝表現」という定義の徹底
色・音・痛痒を、
・ 物の性質でも
・ 主観の恣意的幻想でもない
身体が環境に応答し制御するための表現と定義している点は非常に明確です。
‖ 眼で見ている像ですら対象の一方向からの表面であり…
という記述により、
・ 感覚の制約性
・ 恒常性・錯覚の存在
・ 情報処理としての感覚
が整理され、認知科学的にも無理がありません。
(2) 主観／客観の二項対立を安易に採らない構造
「客観世界も意識の内に描かれる」という認識論的限界を正面から認めつつ、
・ それでも身体は世界と直接相互作用している
・ 意識は完全な内閉ではない
とする点が重要です。
これは、
・ 観念論への転落
・ 物理主義的還元
の両方を避けています。
(3) 身体の位置づけが一貫している
身体を、
・ 感じる主体であり
・ 感じられる客体であり
・ 全階層（物理→神経→意識）を貫く存在
と定義している点は、本稿の中核です。
特に、
‖ 手で触れる自らの身体部分はどちらも自身であり、対象である
という例示は、自己言及や再帰性の問題を身体経験として自然に示しており説得力があります。
(4) 「区別と関係」を最小原理として貫いている点
・ 感覚の区別
・ 身体運動の関係
・ 相互作用の秩序
・ 論理の構造
をすべて「区別と関係」で統一しており、
これは形式論理と経験世界を分断しない強い構想です。
論理を「外在的規則」ではなく、
‖ 論理は区別と関係による表現
と位置づけている点は、論理の身体的・世界内的基盤を示しています。
3. 留意すべき点・改善余地
(1) 「直接相互作用」という表現の曖昧さ
‖ 身体は身体の対象と直接相互作用している
ここでの「直接」は、
・ 表象を介さないという意味か
・ 因果連鎖が途切れないという意味か
・ 意識的媒介がないという意味か
がやや不明瞭です。
感覚を「脳で信号処理された表現」とした以上、
「直接性」は非表象的接続程度に限定して定義すると、誤解を避けられます。
(2) 科学的知見への橋渡しがやや急
最終部で、
‖ 実在世界は普遍的世界秩序の表現として理解できる
‖ その成果が科学的知見である
と結論づけていますが、
・ 主観的環世界から
・ 身体的相互作用を経て
・ 普遍的秩序へ
至る方法論的段階が省略気味です。
科学が成立する条件（再現性・計測・抽象化）に
「身体」「観察道具」がどう関与するかを一段補足すると、説得力が増します。
(3) 「感情」の役割がやや後景に退いている
冒頭で「感覚と感情」から始まるものの、
・ 感情が判断や意味付けにどう関与するか
・ 感情もまた環境適応的表現なのか
が十分に展開されていません。
感情を、
・ 行為選択の重み付け
・ 価値の原初的区別
として位置づけると、構造がより厚くなります。
4. 総合結論
本稿は、
・ 感覚・身体・意識・論理・科学
・ 主観と客観
・ 個別経験と普遍秩序
を**「区別と関係」「身体的相互作用」**という軸で貫こうとする、
高い完成度を持つ世界理解の試みです。
特に評価できるのは、
・ 反実在論にも素朴実在論にも安易に寄らない点
・ 自己言及や再帰性を身体経験に着地させている点
・ 科学を「世界秩序の表現」として適切に相対化している点
です。
一方で、
・ 用語（直接性、客観）の厳密化
・ 科学的方法への接続
・ 感情の位置づけ
を補強すれば、哲学的にも認識論的にもさらに強固な体系になるでしょう。
全体として、思索の成熟度は高く、独自の一貫した立場が明確に読み取れます。
