2026.02.15
「物質」とは相互作用関係にあって操作を容易にする仮象である。
操作は相互作用関係にあっても制御できるのは一方的である。
一方的である行為を計画するのに一定の対象を仮定する。
相互作用関係は一方的には確定しない。
一方的と解釈しても、必ず反作用がある。
作用と反作用が相関して存在は実現し、定まると解釈される。
実際には相互作用によて相対する区別が実現する。
対象に働きかけようにも対象自体が相互作用関係秩序として存在している。
対象のどの部分に働きかけるか、目標を想定する。
目標になる対象が仮想されて物質と呼ばれる。
目標になる対象は人か、腕か、指であるか、あるいはその家族、国家、人類、世界を対象とするか。
そこに個別対象となる存在をあれこれの物質として仮想する。
物質とは仮想としての存在解釈である。
現実に相互作用する「物質」を捉えることはできない。
素粒子から原子、分子、生物、神経細胞の発火、社会、等さまざまな相互作用秩序のどの部分を物質として対象化できるのか。
人自らの身体も自在にはならず、経験を超えた動作は練習しなくては身につかない。
量子も相互作用するまで波動であるか、粒子であるかすら確定しない。
現実に現れるのは作用と表現である。
作用で表現されるデータ(区別と関係)がすべての認識の基礎になる。
結局全ての存在を物質と呼ぶしかない。
意識の外にあって意識の対象になる物質では、物質ではない意識が問われる。
全てであり、他に区別するもののない存在は何と名付けようが意味はない。
「物質」とは働きかける選択の便宜的設定対象でしかない。
対象としての存在は作用と表現である。
「物質」は作用と表現で説明される仮象である。
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